私の人生

年の瀬が押し迫ってきましたね。用事はたくさんあるのですが、夕方の水中ウォーキングも欠かさず行っています。

いつも更衣室で一緒になる素敵な70代の女性がいます。今日も話をしていて、いろいろ思ったことがあったので、書いてみます。

お嬢さんが42歳で、この前、鍼灸の学校に3年行って資格をとった、とおっしゃっていました。英語が得意で、前は全然違うお仕事をしていらしたようですが、突然思い立って、自分で決めて、行ったそうです。結婚されていますが、お子さんはいらっしゃらないし、ご主人もとても優しくて、理解のある人のようで、身軽に動ける立場ではあったかもしれません。

その女性がこう言ったんです。「あの子は、気が強くて、全然女性的じゃない。でもいつも、物事がトントン拍子ですすんでいくのよね」って。で、私に、「子供の時からずっと学校の先生になりたかったの?」と訊くので、「いいえ、スチュワーデスになりたかったんです。」と言ったら、「あら、合ってるじゃない。背も高いし、英語もできるし、どうしてならなかったの?」と言われました。

久しぶりに、20代前半の頃の私に会いにいきました。「もう少し頑張れば良かった。頑張ったら、たぶんなれたと思います。でも、弱虫だったんですよね。自分の意志を通して、もし、できなかった時、周りの人に、『そら、見たことか。』って言われるのがすごく怖かった。」

自分がなぜ、成功しなかったか、わかりました。私はいつも、セーフティーネットを張って、何もしないうちから、言い訳ばかり考えていました。そして、トライしても、きっといいことないよって、自分の気持ちをいつも丸め込んで、だまして、嘘で塗り固めて生きてきました。

かごの鳥です。大空に憧れているのに、食べられなくなったらどうしよう、とか、眠るところがなかったら、どうしよう、とか、そんなことばかり考えて一度もかごの外に出ませんでした。

この前、人生で初めてといっていいくらいのチャレンジをしました。でも、追い込まれて、やらざるを得なくなってのことです。自分しか頼りにできる人がいないことに心底気付いて、今まで私は何をそんなに心配していたんだろう、と思いました。

いざとなったら、誰も助けられないのに、その助けられない人たちの顔色を見て、その人たちの言葉を信じて、全然自分を信じてこなかったって。

だから、神様は味方をしませんでした。いつも、障害ばかり、目の前に立ち現れてくるんです。でも、それは「あなたは間違った道を歩いているよ」と神様が教えていてくれた印だったんです。今、すべてがスムーズにすすんでいくのは、「あなたは正しい道をすすんでいるよ」という合図なんです。

でも、これで良かった、と思っています。私は、いろいろすごく苦しんだけれど、苦しんで本当に幸せでした。目に見える成功は何もありませんが、心の中は、きれいになりました。

出会う人、出会う出来事が全部、砥石になって、わたしの醜い部分を削り落としてくれました。

だから、やっぱり、この道を歩く必要があったんだと思います。

今は心に愛だけがあります。みんなの幸せを祈る想いだけがあります。

それは、私が幸せだからです。

何かを手に入れたり、何かになったから幸せになったのではなく、生きていることが幸せなのだと気付いたからです。

これから地上の命が終わるまで、私はきっとずっと幸せだと思います。

一番会いたかった人に会えた。それは本当の自分です。その人がいつも一緒にいてくれる。どんなことがあっても、私と一緒に生きていってくれる。こんなにうれしいことはありません。

だから、どんな道を通っても、間違いじゃなかったんです。たぶん、ここに行き着くようになっていたと思います。

あなたの人生もきっとそうだと思います。人生の喜びは社会的に成功することでも、多くの富を手に入れることでもなく、ほんとうの自分と生きることです。それに早くから気付く人と、廻り道をしなければ気付けない人がいるだけです。

間違ってもいいんです。いっぱい間違ってもいいのが、地球という学校です。だから、小さな子どもだった時のように、思い切り走って、時には転んで泣いて、また笑顔になって走ってください。神様はそんなあなたが大好きで、心から愛して見守っていてくださいます。