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私たちは、この時を選んだ

この冬は本当に寒くて、小氷河期の前兆ではないか、と思うこともあります。『神々の魔術』上下巻 グラハム・ハンコック著 角川書店刊 を読み終わりました。年末、本の片づけをしていて、この本の下巻が読みかけだったことを思い出し、読み始めたら、面白くてひきこまれました。

基本は考古学の本ですが、内容が多岐にわたり、説明しきれないので、興味があったら読んでみてください。今日は私が独断で一番、皆さんにお伝えしたいことを書いてみます。

まず、マヤ暦の「2012年12月21日、終末の日を迎える」と言われていたことについて。これは冬至の太陽と銀河の中心が重なるという、2万6000年に一度の現象に基づく事実です。太陽の直径と肉眼天文学の限界のせいで、この結合(天文用語では「合」)が何年に起こるかをピンポイントで特定することはできず、1960年から2040年の80年間と考えるのが最も適切なようです。

ハンコックさんは『神々の指紋』の中で、マヤ暦の謎については詳しく取り上げているようですが、新たに理解のすすんだこととして、次のように書かれていました。

「マヤ人は2012年前後の数十年を大周期(グレートサイクル)の終わりとしたが、それはこの世の終わりという意味ではない。ひとつの時代の終わりである「大きな変化と世界再生の時」が来て、新しい世界世代(ワールドエイジ)の大周期が始まるという意味だ。

マヤ人の考え方によれば、我々は今、波瀾万丈で危険な過渡期に生きている。それを思うと、奇妙で少々不気味な気がするのは、1960~2040年の80年間の太陽と星々の配置がマヤ人によって人類史の転換点になると予言され、まったく同じ配置が遠く離れた、トルコ、ギョベックリ・テペの1万2000年前の柱に高浮彫されていることだ。

マヤ暦とギョベックリ・テペの石柱は、歳差の暗号を利用して未来にメッセージを送っている。我々の目を1万2800~1万1600年前のヤンガードリアス期に向けさせる。さらにはフェニックス(ヤンガードリアス彗星)の帰還という概念を使って、歳差運動の半分を経過した時代、私たちの時代、にも目を向けさせる。フェニックスが再衝突する最初の可能性は、2025年。

2000以上の洪水神話が太古の昔から伝えられてきているが、多くの点で不気味なほど一貫している。特に大激変は偶然に起こったのではないと語る。私たちが自らの行動によって招いたという。

我々の傲慢さや、お互いに対する残酷さ、喧噪やいがみ合いや邪悪な心が神々の怒りを買ったという。私たちは心を育むのをやめてしまった。大地を愛し、大事に世話をすることもやめた。宇宙を畏敬と驚嘆の目で見ることもしなくなった。己の成功に目がくらみ、繁栄をほどほどに享受することを忘れてしまった。

プラトンによれば、アトランティスもそうだった。アトランティス市民はもともと寛容で善良で、ある種の偉大な精神を備え、途方もない富も、お互い同士も、知恵と自制心をもって扱ったが、成し遂げたことにおごり高ぶり、愚かな物質主義と貪欲と暴力に走った。」

私は自分の意識が目覚めるほどに、私と宇宙、私と地球、私と出来事、私と周りの人々、私とすべては、呼応しているのを感じます、まるで呼吸をするようです。私の息が順行している時、すべてが順行しています。私が愛で満ちている時、周りのすべてが愛で満ちています。欠けが存在することはありません。

そしてそれがどんなに幸せで喜びに満ちたことか、ハートが歌って教えてくれています。愛が愛を呼び、喜びが喜びを迎え入れ、感謝がもっと感謝することを連れてきています。

毎朝の瞑想の習慣は欠かせないものですが、そうやって、毎朝、愛と感謝でその日を迎え、自分も新しい自分になって、一日を喜びと共に過ごし、穏やかな気持ちで夜、眠りにつきます。毎日が贈り物です。もちろん、同じ日などありません。たとえ、トラブルが起こっても、それがかえってもっと良いものを連れてきたりします。

私たちは、アトランティスが沈んだ時と同じような、過渡期を迎えています。だから、マヤ暦もギョベックリ・テペの遺跡も、私たちに向けてメッセージを残してくれたのでしょう。天変地異も大災害も、偶然、起こっているのではないのです。私たちは、被害者の意識から目覚めて、自分の心がすべてを創造している、という自覚を持たなければなりません。

自分の心に愛があれば、私たちはまず、自分自身を救うことができます。そして、周りの人々も、地球も宇宙も全部救うことができます。私は対極を人生の中で経験し、このことだけは、皆さんにお伝えできます。

私はこの時を選んで生まれてきました。人生に起こったすべての出来事が今の私を産みました。皆さんもそうです。ミッションがありました。とてもエキサイティングな魅力的なワクワクする時なのです。自分がすべてのはじまりであり、クリエーターであることに喜びを感じて、生きてください。

初詣

新年あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

私は今日、初詣に行ってきました。一年前のひだまりで、「初詣に行く気がしない」と書いていたのですが、今年は行く理由がありました。

私は、年末から、何かと物を落としてばかりいました。不注意とは思えない頻度です。

「なんでこんなに落っことしてばかりいるんだろう・・・?」と考えているうち、そういえば、乙事諏訪神社(おっことすわじんじゃ)に行ってない!ことを思いだし、ちょうど良い機会だったので、参拝してきました。

以前、伊那でJCETIのCE-5コンタクトワークが行われた時、代表のグレゴリーさんが、伊那を選んだ理由を「INAXを見ていて思い浮かんだ」とお話されていました。じゃ、わたしのおっことす・・・おっことすわ神社もありだな、と納得し、息子を誘って、運転もしてもらい出かけてきました。

「乙事諏訪神社は格式が違う」とブログに書いておられる方もいましたが、そういうことをまったく感じない私は、「寒い」が一番の感想で、無人のためにお札も買えなかったので、諏訪大社まで足を伸ばしました。

子どもが小さい頃は家族でよく初詣に来ていたので、懐かしい場所でした。息子が「登り龍」のお守りを見つけて、「あれ、ぼろぼろになるまで持ってたな」と言っていました。今日はその時にはなかった (気づかなかっただけかも) ヒスイと黒曜石でできている薙鎌守(なぎがままもり)というきれいなお守りがあったので、買いました。

参拝を済ませて、帰りの車の中で、とても気持ちがすっきりしていました。神社を参拝すると邪気も落ちて、神様の清々しさを分けていただけるのかもしれません。

今夜の満月はスーパームーンで、とても美しいです。元旦の朝日もとても美しく感じました。新しい年のはじまりにふさわしい太陽と月です。今までとは違う新たなエネルギーが満ちてきているのを感じます。

今年も、希望と喜びに満ちた年となりますよう、また、何があっても、魂の成長につながる一年でありますよう、心からお祈り申し上げます。

愛あるところに、神は在る

クリスマスです。この時はいつも以上にイエス様のことを想います。苦しかった時、夜、一人で公園を歩きながら、イエス様のことを思いました。

自分が磔(はりつけ)にされる十字架を背負いながら、どんな思いで悲しみの道(ヴィア・ドロローサ)を歩いたのだろう。磔にされ、それでもなお、天のお父様に「彼らを許してください。彼らは自分たちが何をしているか、わからないのです。」と自分のことより、自分にひどい仕打ちをした者たちのために祈っていたこと。

そして、激痛にさらされながら、「願わくば、この苦しみをとり除いてほしいけれども、それよりも、神の御心がなされますように。」と祈り続けたこと。たった一度だけ、天の父を疑ったことがあったと聞きますが、それほど、痛みと苦しみは肉体をもつ身には耐え難いものであったことが想像されます。

イエス様がそのような苦しみを耐え、復活を遂げた話は、どれほど私に勇気を与えたかしれません。イエス様の苦しみに比べたら、自分の苦しみなど、まだまだ耐えられる、と自分を励ましていました。

「磔なくして復活なし」苦しみの後に、喜びがくるという確信がない中でも、この言葉は、復活のためには、磔は必要なんだという思いを与えていました。

前回のひだまりを書いてから、生まれ変わりは本当にあって、今世でも出会っている人たちは、前世からのつながりがあるんだろう、と思いました。

私は、ヒプノセラピーを受けた時は、それ以上考えることはなかったのですが、今回、いろいろ考えました。母に頼まれると、絶対に断れなかったことや頼まれるとうれしくて、何でもしてあげたことなど。

きっと、兵士だった時、愛する奥さんを幸せにできなかったことが、悔恨の念として残っていたのでしょう。また、奥さんの方としても、帰ってくる、と信じ続けた人が帰ってこなかったわけです。不可抗力であっても、裏切られたような悲しみは消えなかったと思います。

二人とも、その思いを、いつかどこかで癒す必要がありました。この話も母と分かち合いました。癒されたと思います。

今出会っている人、これから出会う人、どんな意味があるのか知りたいから、これからも愛深く生きていきます。そうすれば、きっといつか、その意味も教えてもらえるに違いありません。それは人生が私に与えてくれる大きなプレゼントとなるでしょう。

今年も、もうすぐ幕をおろします。いい一年でした。こんなふうにかみしめることができるのは、苦しい時が長かったおかげです。だから、やっぱりそれらも全部含めて人生は贈り物だと思います。

神も天国も自分の心の中にあります。だから、心に愛があれば、いつでもつながることができます。外がどんなに寒くても、心の中に暖かい暖炉の火をともし続けてください。その火が燃えていれば、あなたが凍えてしまうことはありません。

 

ここまでをふりかえって

「母のことを大好きだった」と書いていて、皆さんはどうだろう、とふと思ったんです。みんな、こんなにお母さんのこと、好きなんだろうか、と。

私の母は、私を産むとすぐ、仕事にもどりました。家の仕事でもあったため、休んでいる暇はありませんでした。23歳という若さで私を産んだので、体力もあったのでしょう。私は、おじいちゃんとおばあちゃんにとてもかわいがられて育てられました。それでも、夜、母が帰ってきて、一段落つくと、必ず、母の膝に入っていた、といつか祖父が言っていました。4年後に弟が生まれ、私は弟のことも大好きでした。

小学校に行ってから、よく風邪をひいて休みましたが、それは今思うと、風邪をひくとお母さんが優しくしてくれて、私によく声をかけてくれたからです。自分の意識で風邪をひくことができました。

小1の時、もう一人、弟が生まれて、こっちの弟は年も離れていますから、私は小さいお母さんです。よく面倒を見て遊んであげました。みんなが大好きだったから、いいお姉ちゃんになっていきました。

でもそれは、決してわがままを言うことのできない、我慢が当たり前の私の性格を形成していくこととなりました。

「今週末は、買い物に行こう」という母の言葉をいつも楽しみにしていましたが、週末になると、家事がたまっている母は、「また来週でいいよね」と必ず言って、約束が守られたことはありませんでした。いつもいつも私が、がっかりしていたことを母は知りません。私は、自分の言いたい言葉をのみこんで、本心を告げることを誰にもしない子供になっていきました。

そんなわけで、母のことが大好きなのに、もっと言うと、大好きすぎる人から裏切られた心の傷がずっと私の心の奥にあったんです。見ないようにしました。どうせ、振り向いてもらえないのですから。

4、5年前だったでしょうか。人生に今までとは違う問題が次々起こり始め、悩みの渦中にあった時、ヒプノセラピーを受けました。心理療法の一つであり、催眠状態(トランス)というリラックスした状態に誘導し、ある一定の暗示を用いて、人為的に特殊な心理状態や生理的な状態に導いていく手法のことです。自分でも気が付いていない潜在意識(無意識)に働きかけることができます。

その時のことが思い出されました。

大きな図書館の中で、自分の本があるから探すよう言われ、すぐ見つかりました。真っ白い本で光っていました。その本の中の好きなページを開いて、そこに行ってください、と言われ・・・気づくと砂の上に立っていました。足もとは編み上げのサンダルのようなもので、髪は金色で風になびき、背の高いがっしりしたとてもハンサムな男性でした。兵士でした。

家には、黒い髪の黒い瞳のとてもきれいな奥さんと子供が二人いて、幸せでした。セラピストに「今世で一緒の人は誰かいますか?」と聞かれ、その奥さんが母だとはっきりわかりました。あとははっきりしませんでした。

ある時、遠くまで大きな戦争に行くことになって、帰ってこられませんでした。崖から落ちて足をくじき、歩くこともできませんでした。意識は家に飛んで、奥さんが料理を作り、子供たちが遊んでいる姿が見えました。自分の帰りを待っているのがわかりました。

でも、帰ることができないのです。私は悲しくて涙がボロボロ出てきました。そのうちに、魂が肉体から、離れ、今度は安らかな気持ちで、家に帰っていきました。

このセラピーの時は、「なんで母がでてきたんだろう」とわかりませんでしたが、今わかりました。私の問題の根底には、母との癒されていない問題が根深く残っていたこと、それが人生全般に影響を及ぼしていたこと、それから、私はきっといつも母である魂と輪廻転生を繰り返し、学ばなければならない課題があったことなど。

ここまで生きてきて、やっと、ずっとはまらなかったパズルのピースがはまった、感じです。とってもスッキリしました。

私は、これからの人生がとても楽しみなんです。11月2日で52歳になりました。マヤ暦の還暦です。52年は運命の1サイクルが完了し、ここからは、本当の自分の人生がはじまる、と聞いていました。それまでは、親や社会や外からの影響を受けて生きていくけれども、52歳からは、本当の自分で生きていくのだと、ずっと52歳の誕生日を楽しみにしてきました。それまでに自分がどう変わっていくのか、その後は何が起きてくるのか。

今までの道のりは平坦ではなかったし、道草もいっぱいしたけれど、そのおかげで、これからの人生をこんなに楽しみだと思える自分になりました。

心にいつも愛があります。それが一番うれしいことです。みんなの幸福を心から願える私になれました。素晴らしい人生に心から感謝しています。ひだまりが私の心の中の愛を少しでも、皆さんに届けていてくれますように。