「日々雑感」カテゴリーアーカイブ

フリージア

今日、ホームセンターに行ったら、黄色いフリージアの鉢植えを見つけました。

可憐な花です。その香りを好きだとおっしゃる方がいて、初めてフリージアに興味を持ちました。

私は、くちなしとか、カサブランカのような強い香りの花が好みで、フリージアが香りのする花だということも知りませんでした。

顔を寄せると香ります。清楚できりっとした美しい香りです。

フリージアの香りが知りたくて、香水を探しました。「武蔵野ワークス」さんがお花の香水を出しています。いろいろ試してみましたが、確かにその花の香りなんですけど、香水として使おうとすると、鼻につく匂いであったり、すぐ消えてしまったりで、思うようなものに出会えませんでした。

ホワイトフリージアという香水ですが、本物のフリージアの香りを香水にしてもっと素敵になった香りがします。

今では一番のお気に入りです。意識することもないくらい、私の生活の一部になっています。

瞑想するようになってから、宇宙が私に何を望んでいるのか、よくわかるようになりました。

私のウイークポイントは行動力の無さだったこと、自分の中の男性性を発揮できていないこと、今年は、特にここに力を入れて、自分の中で男性性と女性性のバランスをとっていくことが課題になってくることなど、わかってきました。

女性性の時代と言われますが、女性性が本当に生きてくるのは男性性を身に着け、発揮していった時なんですよね。

見えない世界を動かす力と見える世界を動かす力は、どちらも必要で、それが一人の人間の中でできていけば、全人格としての本当に魅力的な人間になっていくと思います。

これはすべての人が目指していくところでしょう。

今までは、どちらかにかたよっている人が多かったから、自分を抑えて、我慢していかなければ周りの人と調和のとれた関係性を築いて行けなかったのかもしれませんが、バランスのとれた人間同士のつきあいにおいては、双方が自分をすべて出しても調和していける関係になっていくと思います。

今日も夕方、瞑想をしたら、いつか読もうと思っていた、今度行くところに関係した本を手に取っていました。

読み始めて、魂が震えているのがわかるんです。その土地に呼ばれている、と感じます。

こんなことってあるんだろうか、ということが毎日起きていて、私が宇宙と呼応しながら、一緒に生きているのを感じます。

そして、それを感じて、宇宙と共に生きるほど、自分の進むべき道が見えてくるのです。

サイネリアや、サクラソウ、ラナンキュラスやジュリアンなど、色とりどりの鉢植えがたくさんあって、迷っていたのに、黄色のフリージアを見つけたら、もう迷うことなく、それを選んでいました。

今では大好きな花です。この花にめぐりあえて、とても幸せです。

今のステージをクリアする

今年は、ちょっと遠くへ出かける予定を立てています。そこは1,2年前に、ブログの中である方が行かれる、という話をされていた場所でした。「ご都合の付く方は一緒に行きましょう」とお誘いがあったのですが、長い休みは取れませんし、「無理だなあ、行ってみたいけど」と思ったまま、終わっていたところです。

それが、思いもよらず、偶然が重なって、行けることになりました。ただ行ける!ではなく、そこに行くことが、今の私には必要なことで、行けば、もっと自分が開かれていくような予感がしています。

不思議なんですよね。この前のチャレンジをクリアしたから、用意されていたステージのような気がするんです。この旅は全部自分で計画を立てて、手配して出かけます。ツアーでは行くことのできないところに行く予定です。だから、自分で何でもやるって決められないうちは、実現しなかったと思います。

今はインターネットで電車のチケットなども日本で予約していけるので、そういうプライベートな旅ができるようになったことは素晴らしいですよね。

また、帰ってきたら、たくさん、皆さんにお話ししたいことができると思うので、楽しみにしていてくださるとうれしいです。

前にもこんなことあったなって思い出しました。

6年前の12月、新聞の裏一面にカラーで、劇団四季の「美女と野獣」の広告が掲載されていました。

とてもきれいで、「観に行きたいなあ」と思ったのですが、「行けるわけないな」って思いました。自分の意志を誰かに告げることなんて、とっくに諦めていました。

その頃は、まだゴールデンウイークには家族で、出かけていました。今年はどこに行くか、という話になって、「東京もいいよね」「どこ行く?」

思い切って「劇団四季の『美女と野獣』が観たい!」と言いました。すると、チケットの発売日が2、3日後だから、まだいい席がとれる、ということがわかって、観に行けることになったんです。

夢って叶うのかも・・・漠然とそう思いました。

行ってよかったです。あの日から、いろんなことが動き始めました。人生の荒波にもまれていきましたが、それも愛でした。

宇宙も神様も、ずっとわたしを愛していてくれました。私に勇気があったら、もっとたくさんの贈り物を受け取ることができたはずです。

でも、その用意してくれたステージをクリアしなくて、逃げてばかり来たから、その先の贈り物を手にすることができなかったんです。

それでも、辛抱強く、私の遅々とした歩みを待っていてくれました。きっと今、私がその贈り物を笑顔で受け取っているから、宇宙も神様も「良かった、良かった」って思っていてくださることでしょう。

先にすすんで、振り返ってみた時、意味がわかるんです。だから、困難なことにも必ず意味があると信じて、乗り越えていくようにトライしてみてください。

意外とね、やってみたらできちゃうんです。一番ネックになるのが「恐怖心」です。つまり、実体のないものです。どこにも存在していないものを恐れているんです。

実体がないから、それを克服する方法はただ一つ。やってみる、ということです。命までとられることは滅多にないでしょう?だったら、やってみたら?

今、すごく幸せなのは、自分に正直に生きているからです。「自分で決めたことはやる」「宇宙が決めたこともやる」

魂のブループリントを探している人が多いようですが、これだけやっていけば、自然に導かれていくような気がします。

自分を信じて、宇宙を信じる。それだけでいいんじゃないかな?

私たちは、思っている以上に、無限の可能性があって、無限に愛されています。

どうか、そのことに気づいて、生きることの喜びを満喫してください。

一人ひとりが幸せになっていったら、いつか、地球上のすべての人が幸せになっていく、と思います。

神様にありがとう

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

暮れの用事をこなしながら、You Tube を聞いていると、面白い動画がいろいろありました。パラレルワールドはやはり心惹かれます。

自分は無数に存在し、今の波動状況により、一瞬先の自分が決まっていきます。さっきの自分と今の自分と一瞬先の自分が同じように見えるのは、宇宙の変化が早すぎて、私たちはそれを感じ取れないからです。

だから、全く変化していないように感じますが、私は数年前は考えられなかったことが自分の人生に起こっていて、それは私が波動を上げ続けてきた結果だと確信しています。

数年前のままの考え方、感じ方、とらえ方、を繰り返して来たら、今日の自分とは全く違う自分がここにいたと思います。

宇宙の流れは加速する一方で、アセンションもすすみ、二極化が際立ってきている、という方も増えてきています。

母が面白いことを言いました。「確かに、3次元しかない、と思っている人たちは、心がすさんできているように感じる」

原初音瞑想の先生もおっしゃっていましたが、11月頃から日本でも、魂で生きる流れが加速しているそうです。気付かなくても生きていけますが、宇宙の流れが、魂で生きることを促しているので、その流れに乗ったほうが、スムーズだし、幸せを感じて生きていけると思います。

生物にはホメオスタシス(恒常性)という、内部環境を一定の状態に保つ傾向があります。体温を一定に保ったり、外部からの病原体の侵入を防ぐために、免疫というシステムが備わっています。

これは身体だけではなく、心、意識にも言えることです。幸福な人はずっと幸福で、不幸な人はずっと不幸です。変化するというのは、とても、怖いことで、不幸なままでも、現状維持の方がいいと思っているんです。なぜなら、潜在意識を書き換えるほどの出来事は、大病をやむ、とか、どん底を体験するとか、今までと全く違う経験を必要とします。

私も、あのどん底が無かったら、「ま、いいか」って、不幸に甘んじてきたと思います。でも、宇宙は許しませんでした。そういう私の甘さを全部、見抜いていて、私が書き換わるまで、試練を与え続けました。

でも、一回、幸福になってしまえば、「どうしたら不幸になるんだろう」というほどです。「不幸ってどんな感じだったっけ?」みたいな。もちろん、トラブルもあるし、失敗も相変わらずしているんですけど、落ち込むより、どうしたら良かったか、次につながる考え方ができるようになりました。

初詣にこれから行かれる方も多いと思いますが、参拝の時には、神様に感謝の想いを伝えてください。

神様に伝わるのは、あなたの波動であり、エネルギーです。幸せの波動を出していたら、「この人は幸せが好きなんだな、じゃ、もっと幸せをあげよう」

不幸のエネルギーを出していたら、「この人は、不幸が好きなんだな、じゃ、もっと不幸をあげよう」という感じです。

例えば、「お金持ちにさせてください」と願ったら、「私は豊かではありません」ということを神様にお伝えしているのと同じです。

その結果、「この人は豊かではないことが好きなんだな、ではもっと豊かでないことを叶えてあげよう」となってしまうのです。

何でもいいから、感謝できることを考えて、「神様、私はこんなに豊かです。ありがとう。神様のおかげで、私はとてもうれしくて幸せです」と感じて、神様の前に立ってください。

嘘はだめですよ。心の中まで全部お見通しですから。一つでもいいから、その一つの感謝できることを心から感じて、神様に、それをお伝えしてください。

今年も、楽しい一年になりそうです。ひだまりを読んでくださって、ありがとう。

今年も、皆さんと一緒に、駆け抜ける青春です。

私の人生

年の瀬が押し迫ってきましたね。用事はたくさんあるのですが、夕方の水中ウォーキングも欠かさず行っています。

いつも更衣室で一緒になる素敵な70代の女性がいます。今日も話をしていて、いろいろ思ったことがあったので、書いてみます。

お嬢さんが42歳で、この前、鍼灸の学校に3年行って資格をとった、とおっしゃっていました。英語が得意で、前は全然違うお仕事をしていらしたようですが、突然思い立って、自分で決めて、行ったそうです。結婚されていますが、お子さんはいらっしゃらないし、ご主人もとても優しくて、理解のある人のようで、身軽に動ける立場ではあったかもしれません。

その女性がこう言ったんです。「あの子は、気が強くて、全然女性的じゃない。でもいつも、物事がトントン拍子ですすんでいくのよね」って。で、私に、「子供の時からずっと学校の先生になりたかったの?」と訊くので、「いいえ、スチュワーデスになりたかったんです。」と言ったら、「あら、合ってるじゃない。背も高いし、英語もできるし、どうしてならなかったの?」と言われました。

久しぶりに、20代前半の頃の私に会いにいきました。「もう少し頑張れば良かった。頑張ったら、たぶんなれたと思います。でも、弱虫だったんですよね。自分の意志を通して、もし、できなかった時、周りの人に、『そら、見たことか。』って言われるのがすごく怖かった。」

自分がなぜ、成功しなかったか、わかりました。私はいつも、セーフティーネットを張って、何もしないうちから、言い訳ばかり考えていました。そして、トライしても、きっといいことないよって、自分の気持ちをいつも丸め込んで、だまして、嘘で塗り固めて生きてきました。

かごの鳥です。大空に憧れているのに、食べられなくなったらどうしよう、とか、眠るところがなかったら、どうしよう、とか、そんなことばかり考えて一度もかごの外に出ませんでした。

この前、人生で初めてといっていいくらいのチャレンジをしました。でも、追い込まれて、やらざるを得なくなってのことです。自分しか頼りにできる人がいないことに心底気付いて、今まで私は何をそんなに心配していたんだろう、と思いました。

いざとなったら、誰も助けられないのに、その助けられない人たちの顔色を見て、その人たちの言葉を信じて、全然自分を信じてこなかったって。

だから、神様は味方をしませんでした。いつも、障害ばかり、目の前に立ち現れてくるんです。でも、それは「あなたは間違った道を歩いているよ」と神様が教えていてくれた印だったんです。今、すべてがスムーズにすすんでいくのは、「あなたは正しい道をすすんでいるよ」という合図なんです。

でも、これで良かった、と思っています。私は、いろいろすごく苦しんだけれど、苦しんで本当に幸せでした。目に見える成功は何もありませんが、心の中は、きれいになりました。

出会う人、出会う出来事が全部、砥石になって、わたしの醜い部分を削り落としてくれました。

だから、やっぱり、この道を歩く必要があったんだと思います。

今は心に愛だけがあります。みんなの幸せを祈る想いだけがあります。

それは、私が幸せだからです。

何かを手に入れたり、何かになったから幸せになったのではなく、生きていることが幸せなのだと気付いたからです。

これから地上の命が終わるまで、私はきっとずっと幸せだと思います。

一番会いたかった人に会えた。それは本当の自分です。その人がいつも一緒にいてくれる。どんなことがあっても、私と一緒に生きていってくれる。こんなにうれしいことはありません。

だから、どんな道を通っても、間違いじゃなかったんです。たぶん、ここに行き着くようになっていたと思います。

あなたの人生もきっとそうだと思います。人生の喜びは社会的に成功することでも、多くの富を手に入れることでもなく、ほんとうの自分と生きることです。それに早くから気付く人と、廻り道をしなければ気付けない人がいるだけです。

間違ってもいいんです。いっぱい間違ってもいいのが、地球という学校です。だから、小さな子どもだった時のように、思い切り走って、時には転んで泣いて、また笑顔になって走ってください。神様はそんなあなたが大好きで、心から愛して見守っていてくださいます。