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創造のはじまり

『アナスタシア』(ロシアの響きわたる杉シリーズ)も4巻目に入りました。「共同の創造」というタイトルです。

アダムが初めてイブに出会ったところから始めます。

 

神は大宇宙は創造主は、ありったけの愛をこめてイブを生み出し、アダムへ贈った。しかし、アダムはその新しい創造物に対して、「また創造物が近づいて来たぞ。何も目新しくはない。」

大宇宙の本質たちがざわめきだした。”二つの完全な創造物たちは、互いの価値を認め合うことができなかった。神の創造に完璧はなかったのだ。”  ただ、大宇宙のざわめきの中で、愛のエネルギーだけが、たった一人で創造者をかばおうとし、その柔らかな輝きで彼を包んだ。

「私の愛よ、おまえは光り輝き、そしてやさしく抱擁する。私の願いだ、地上に降りてほしい。あますことなくおまえのすべてを地上に。おまえ自身で、おまえの偉大なる歓びのエネルギーで、彼らを、私の子どもたちを包みこんでやってほしい」

愛と神との別れの対話は、すべての地上の愛のはじまりの音だった。

「私の神よ」創造主に愛が呼びかけた。「私が離れると、おまえは独り、永遠に目にみえない。すべての次元空間で命を宿すものたちから、みえなくなってしまう。おまえに力を与える温もりは二度とおまえの魂まで届くことはない。おまえの魂は冷え切ってしまう」

「私のためだけでなく、すべての存在のために、その温もりを地上から放てばよい。私の息子たち、娘たちの行いが、それをとてつもなく増幅させるだろう。そして地球全体が光輝く愛の温もりで、空間に燦然と光を放つだろう。みなが地球からの、この上ない歓びをもたらす光を感じる。それによって私のすべてのエネルギーは温まることができるのだ」

「神よ、私が離れると、おまえはみなにみえなくなる。人間を通しておまえの名で他のエネルギーの本質たちが人間を従属させようとするかもしれないのだ。そのときおまえに何ができようか?」

「新しい一日とともに、私は太陽として昇り出る。その光は、一人ひとりが自分の魂で私の魂と語らうことができるのだと、理解する助けとなるだろう」

愛はたった一粒の愛の小さな火の粉を残して地球へ向かった。愛は自分の後を追いかけてくる一番小さな星を感じた。それは神からの愛の最後の火の粉であった。

愛の光はささやいた。「なぜ私のたった一粒の火の粉でさえ、おまえのそばに残さないのか?」

大宇宙の暗黒から、もはや誰もみることができない、そして誰にも理解されない神が答えた。「私に残すということは、我が娘たちや息子たちに、すべてを与え尽くすことにはならない」

大宇宙の愛のエネルギーが、最後の火の粉に至るすべてのエネルギーが、地上の人間を、そのすべてを包みこんだ。すべてが愛の中にあった。果てしなく広がる大宇宙の真っただ中、すべての次元空間で同時に生きる、すべての本質の中で最も強い、人間が立ち上がった。

 

私にはこの時の空が、その場面が、今、目の前で繰り広げられているように感じられ、神と愛の想いが確かに胸の奥に響きわたりました。私たちは自分の奥深いところで、この話を知っています。

神が自分のすべてを捧げるほどに、私たちを愛してくれたこと、私たちが必ずや神を思い出し、神と愛の贈ってくれた愛のエネルギーを、自分の魂の中から地球上のすべてに、宇宙空間に向けて解き放っていくこと、そして必ずいつか、神のもとへ帰ってきてくれることを、今も信じ続けてくれている神に、心からの愛を贈りたいと思います。

KIN の如く生きる

今日はマヤ暦の話です。マヤの暦は自然の流れや、人体と調和し、宇宙法則に即した暦です。古代マヤの神官が使用していたツォルキンという暦は 20日×13月=260日からなります。20は「生命の定数」として、それぞれが持つ特有の性質や傾向を表しており、13は「宇宙の定数」として、エネルギーレベルに関連したものを多く表しています。

私たちが今使用している暦は、グレゴリオ暦といって1年が12か月、1時間が60分という、12と60という周期のリズムからなります。これは、資本主義経済に即した人間が作った暦のために、ここ100年の間に、自然体系が崩れ、環境破壊がすすみ、現代社会の中で、私たち人間の自然のリズムも崩れてきています。

マヤ暦の叡智を取り入れることは、自分らしさをとり戻せる手段とも言えます。さらには、このツォルキンを意識して生きることで宇宙意識とつながると、日々の生活の中にシンクロニシティ(引き寄せ)が起こり、自分の願いも次々と叶い始めます。

シンクロニシティが多い人(宇宙が味方してくれる人)に多く見られる特徴は・・・

①エゴがない    ②素直    ③執着がない    ④シンプル    ⑤宇宙の流れに逆らわない        ⑥宇宙を信じている    ⑦自分の気持ちに正直    ⑧手放すことに怖れがない    ⑨心に余裕やスペースがある    ⑩愛に満ちている

今、これがすべてあてはまらずとも、マヤ暦占星術を生活の中に取り入れていくと、意識レベルが変わってきます。愛と感謝のマインドになり、人生においてワクワクすることを探求するといった状態で生きていると、それと同調するようにポジティブな波動の出来事や人々、イベントがあなたに引き寄せられてきます。

私は1月に引き続き、この前の日曜日も、マヤ暦占星術を学ぶために、都内で行われた一日勉強会に参加してきました。「KIN」というのは、260のうち、自分が何番を持って生まれてきたか、をあらわすソウルナンバーです。生年月日から算出します。そしてそこから導き出される「太陽の紋章」(顕在意識を象徴)、「ウエイブ・スペル」(潜在意識を象徴)、「銀河の音」(行動パターンや専門性)の特徴から、自分の魂が何を願い、地球で何をするために生まれてきたのか、などを知ることができます。

私は自分が、今、魂の願いの通りに生きていることを実感できました。そして、試練と思われた出来事こそが、この人生を導いていたことも知りました。人生に「もしも」はありませんが、仮にもしも、そういったことがその時起きていなかったら、今も魂の願いを封印し、漠然とした空虚感を抱え、愛ではない人生を送っていたと思います。

この喜びにまだ出会えていない方に、ぜひその喜びを知ってほしいと心から思います。こちらのサイトから、無料の6日間メール講座が受講できます。自分の「KIN」ナンバー、「太陽の紋章」などが、生年月日を入れるだけで、出てきて、魂の願いを垣間見ることができます。

http://mayan-astrology.org/mml

ぜひ、参考にしてみて下さい。あと、ひとつだけ、お話ししたいことがあります。生年月日から、算出するなら、同じ生年月日の人は同じ人生になるの?と思われる方が多いと思います。魂の願いは似ているかもしれませんが、同じ人生にはなりませんよね。それは、その人の選択と在り方が違うからです。選択は、ワクワクを選んで生きているかどうか、在り方は愛と感謝の心で生きているかどうか、ということです。

「KINの如く生きる」とは、自らが選んできたKINの特性に沿った生き方を実践することです。それこそが、あなたが、輝いて、生きたかった本当の人生です。

「汝自身を知れ」。自分の中にすべての秘密が隠されています。

 

『マヤ暦占星術で “なりたい自分” を叶える!』 MASAYUKI著  カシオペア出版 参照

 

私たちはみんな、宇宙の子ども

『宇宙を乗りこなす喜び Ⅱ』を読み終わりました。科学的に証明されていることでもなく、ファンタジーのように思える話なのに、私の中で「知っている」という感覚がいつもありました。今日も、想像力をフルに働かせて、読んでみてください。

肉体は完全な密閉構造にはできていません。原子レベルまで降りていけば、空間がたくさんあります。人の思考はこういう隙間を通って、外に流れ出し、誰かに拾われます。テレパシーでつながった状態です。

私は、まったくサイキック能力はないのに、テレパシーで人の心を読めてしまったり、波動を強く感じてしまうことが、最近、とても増えてきたように感じます。地球の波動が軽くなっているせいか、今までなら隠し通せたことが、隠せなくなっているのです。アセンションの話をまったく知らない人は、「口で言ってないんだから、心で、(腹の中)で思ったことは、通じるわけない」と、思っているようですが、どうも、様子を見ていると、間違いなく伝わっているのです。心の中で相手を責めていると、その責めていることで、相手は結局、悩むことになります。

波動のことや、エネルギーのことを学ぶことは、自分を守る、ことにつながります。相手がマイナスのイメージを持って、そのエネルギーを放射している可能性がある、ことを知っていれば、それを自分のエネルギーフィールドに、取り込む前に、意識してストップがかけられるのですが、こういった知識が全くなければ、無意識のうちに、それを取り込んでしまい、相手の思うつぼ、です。もちろん、相手も、そこまで、陥れようと考えて、マイナス感情を出しているわけではないのですが、素直な人、やさしい人、ほど、影響を受けてしまいます。

そういう皆さんに、このメッセージが届いてほしいといつも願っています。

そもそも人間は原初の頃は、言語もなく、テレパシーで会話をしていたわけです。自分の思考を自分の中に閉じ込めておくこともなかったので、誰でも、誰もの思考を拾っていました。

でも、ある時、「それって、ちょっとやだな」と思いました。自分の考えていることを人に知られたくない、もっと個別化したい、と。そうするうち、自分だけのフィールド(オーラ)が出来上がり、思考はその中だけにとどまるようになりました。

それまでは、ネガティブな思考や、向き合いたくない感情は、ただ宇宙に出ていき、宇宙が受け止めてくれていたのですが、オーラを作ってからは、それらを全部自分が引き受けることとなり、再度、身体に引き込み、身体にダメージを起こすこととなりました。

その結果、私たちは、分離、孤立している、と強く感じるようになりました。特に、宇宙や自然といった、自分の故郷から、遠く離れてしまったと感じるようになりました。

私たちは、故郷に帰りたいのです。故郷のあたたかい懐(ふところ)の中で、しっかり抱きしめてほしい、と感じているのです。自分を偽ったり、隠したりすることなく、ありのままで愛されたい、と誰もが、望んでいます。子どもが親に望むように、そして、親がその子どもの思いを汲み取るように、私たち人間と宇宙は、原初のころに戻ろうとしているように感じます。

人間が死を迎えるのは、違う自分を体験したいからです。違う容姿だったら、違う家庭環境だったら、違う才能を持っていたら、どんな人生になるだろう、と思ったから、何度も死を迎え、新たな肉体に宿り、様々な人間を体験してきました。

私は、何となく「もういいかな」と感じています。心から、自分を愛するようになりました。他の誰かになりたい、とは思いません。私の容姿も、身体も、能力も、置かれている状況も、すべてを愛しているのです。

自分のことが大嫌いだったこともあったし、何もできない自分が情けないこともあったし、つらいこともたくさんありました。

今は、そういう自分が、ただ愛おしいんです。だめなことや、つらいことがたくさんあったから、宇宙が、どんなに私を愛していてくれるか、わかったんです。

私はいつ誕生したのでしょう。その誕生の瞬間が、どこかでありました。何もなかったところに、私は生まれました。私を生んだエネルギーは、心から私の誕生を願って、私を生み出したはずです。それはとてつもない愛のエネルギーだったに違いありません。私を存在に至らしめるほど、宇宙は私を愛してくれたのです。そういうふうに、すべての人は生まれました。

自分の内側で、きっと愛を感じられるはずです。その愛はあなたを生み出した愛であり、今もずっとそばにいてくれる愛です。故郷はどこかにあるのではありません。自分自身が故郷です。静かに、心の声に耳をすませば、愛の音楽がいつも、流れています。その音楽にのって、喜びのダンスを踊ってください。生きていることは喜びです。喜びと共に生きてください。それが、私たちすべてを生み出した、宇宙の一番の喜びなのですから。

喜びは生命力

私たちの脳は、常に思考し、脳のおしゃべりは止まることがありません。意識して気づかなければ、日常の雑多なことに埋没し、その多くが、どちらかというとネガティブなものになりがちです。

私は、ずいぶん前から、就寝時と起床時に、ヘッドフォンで、瞑想のCDを聞いています。瞑想といっても、堅苦しいものではなく、とても心地いい音楽に言葉が乗っているものです。

朝はだいたい、起床予定時間より、1時間ほど早く目覚めるのですが、ここで、聞いている瞑想のCDなくして、私の一日は始まらないくらい、お気に入りのものです。「ハートを開く」というタイトルのものですが、25分くらいの再生ののち、まったく、別人になったと思うくらい、ハートが開いています。

「ハートが開く」という状態を皆さん、感じていらっしゃいますか?それとも、想像できませんか?

私は今朝も、とても、素敵な気分で起き上がりました。そして、ふと思ったんです。このCDをもし、今も聴くことがなかったら、ただ、朝、目が覚めたから、布団から出る、という起き方をしていたら、何もかもが、今とは違っていたんじゃないかと。

ゆっくり深く息を吸って、吐いてを繰り返しながら、自分の深いところへ降りていき、ハートのずっと奥で、そこにある花の匂いを嗅ぎ、美しい庭を散歩している間に自分自身が宇宙そのものにまで拡大していきます。ただ、愛と平安と喜びだけを感じています。そうして、幸せいっぱいの気分で一日が始まります。

忙しいモードで一日を始めると、一日通して、忙しいんです。でも、ゆったりモードで始まると、意外に、あせらなくても、やるべきことはこなせた上に、自分の時間もとれるものなのです。

アインシュタインが、「時間は相対的である。」と言った通りです。引き寄せかもしれないし、自分が創造している、ともいえるでしょう。

一日の始まりである目ざめの時の過ごし方は、とても大切なので、自分がハッピーになれる工夫をされてみては、と思います。

さて、前回、ご紹介した本を読みすすめています。今日の話は、私もはじめて知ったことですし、少しわかりにくいかもしれませんが、フィーリングで感じてください。

身体の中の全細胞はファイアリング(発火。活動電位が発生すること。)しています。たとえば、心配性の人がいます。心配すると、脳の神経細胞が心配のパターンでファイアリングします。脳は心配に集中しています。出ていく振動のすべてに心配が乗っています。それが、身体を取り巻くエネルギーフィールド(いわゆるオーラ)に出て行って、身体の周囲を覆います。身体は常に再生していますが、その再生時に、この心配の振動も引き込み、いまや、心配は身体中の細胞が再生するとき、その細胞内に取り込まれます。

本来なら、心配などの振動の影響を受けることなしに、再生できたものが、心配の振動を引き込んで再生しています。それを細胞が再生する度に繰り返していたら、どうなると思いますか?細胞は傷つき悪化していきます。その結果、病気になったり、老化が進行します。ストレスが病気の原因になるのは、細胞レベルで影響を与えているからです。

人間は皆、幸せでありたいと願います。しかし、現実的には心配することも多く発生し、心の願いと身体がアンバランス状態を生み出します。するとイライラが募ります。そこで、どうしたら、このバランスをうまくとっていけるようになるか、のレッスンを、その人は引き寄せるのです。

今まで自分が、信じてきた考えや偏見を捨て、態度を変えることができるような愛のレッスンを引き寄せるのです。

具体的なレッスンについての記述はなかったのですが、私は直感的に、病気から生還した人のことが、浮かびました。

健康を当たり前だと思っていた人が病気になって、はじめて健康のありがたさを知る、という話を聞きます。健康な時は、少しのことでも心配したり、愚痴を言っていたかもしれません。しかし、絶望の淵まで突き落とされた時、生きていることがどんなに素晴らしいことか、健康で、おいしいものが食べられて、歩くことができている、そんな当たり前のことが、どんなに有難いことであったか気づきます。病気から回復した後は、病気になる前とは別人のように、愛が深くなっていることでしょう。

小鳥のさえずりを聞いても、雨上がりの紫陽花の花を見ても、お水を飲むだけでも幸せを感じられるようになるでしょう。病気は大きなつらいレッスンだったかもしれませんが、残りの人生はそれまでとは比べ物にならないほど、豊かになるでしょう。

この人が学んだもの、それは、どんな時も、どんなことにも、喜びを感じることができる、ということだと思います。喜びは生命力です。前述の心配を喜びに変えてみてください。今度は喜びが身体中の全細胞でファイアリングします。ふつうに細胞が再生する時より、もっと生命エネルギーを蓄えて再生します。若返るのです。

だから、人生における難題や挫折は結局のところ、その人を幸せにするために起っているのです。喜びや愛というのは、人生がふつうに流れている時は、気づかないものなのです。そして、人生が誰にとっても、楽でいい時ばかりでないのは、すべての人がこのレッスンを通して、より喜びの生命エネルギーをスパークさせて生きてほしい、との大宇宙の願いが込められているから、のような気がします。