Only love is real.~愛こそが真実~

ブライアン  ワイス博士をご存知ですか? 前世療法の先駆者であり、世界的権威の精神科医です。

ワイス博士のワークショップが この前の土曜日、日曜日と東京でありました。私がワイス博士のことを知ったきっかけは、もう何年も前に読んだ『魂の伴侶』という本です。博士の診察室で、博士の患者だった見ず知らずのある男女が、ソウルメイトであり、運命の中で、出会い結ばれていく実話です。

ソウルメイトというカテゴリーで見ると、自分と人生の中で関わっていく人はソウルメイトであり、大きな見方をすれば、今地球上にいるすべての人はソウルメイトであるということもできます。

宇宙は陰陽が統合されている状態であり、私たち人間はもとはひとつの魂が男性と女性に別れ、それぞれの学びを済ませてから統合(融合)する、と言われています。すべての人に自分の魂のかたわれ(ツインソウル、ツインフレーム、ツインレイなどと呼ばれています)がいて、心の奥底でその人を探し続けています。いつも、何か欠けた気がするのは、その魂と合一することを求めているからだとも言われます。

出会えるためにも、融合するためにも求められているのは、自己の完成です。すべての逆境、ネガティブな体験を愛を持って乗り越え、自分自身が愛そのものになるまで、試練にさらされます。愛そのものの宇宙を人間の身体にありながら、体現していくことを目標に私たちは生きています。それが宇宙の望みです。

ワークショップで心に残ったことをまとめてみます。

「すべての人間がパーフェクトで美しいダイアモンドを持っている。100の側面を持っていてそのすべての側面を輝かせるために、ダイアモンドを磨き続けている。あと5つの側面を磨けばいい人と、あと95の側面を磨く必要のある人が、地上で一緒に存在している。

地球は小1から高3までが一緒に学んでいる学校のようなものだ。光明を得た魂と暴力的な魂が同時期に存在する。どちらがいいわけでも、すすんでいるから優れているわけでもなく、経験の違いである。遅かれ早かれ、すべての魂は高校の卒業試験を迎えることになるのだ。

そこにはいつも「愛」というたった一つのエネルギーしかない。それが個別に分かれていく。自分が人より優れていると思うのは、製氷機から取り出した氷を水に浮かべて、一つの氷が「あれより優れている」と思うようなものだ。

氷に「愛」という熱を加えると、水になり、さらに振動が高まれば、水蒸気へともっと振動を上げていくと水素、酸素になり、最後は素粒子となっていく。

水というのはスピリットの象徴であり、水蒸気は私たちの理解のできない、言葉で表現できない存在であり、死んで魂になると行く世界でもある。

なぜ、その高次の世界にいないで生まれてくるのかといったら、肉体を持ち、困難がある中で、進化し成長することができるからである。

困難もあるが、地球は美しさに満ちている。美しい花、美しい庭・・・。大切なことは、一日一日を喜びをもって生きることである。

私たちが何度も生まれ変わるのは、すべてのものを味わって学ばなければならないからである。豊かだったことも貧しかったこともある。白人だったこともアジア人だったこともある。男性だったことも女性だったこともある。様々な宗教も経験してきている。すべての偏見がなくなって、私たちは同じだということを学ぶためである。

カルマ、因果応報、「まいた種は刈り取る」「親のつけが何世代かあとの子孫に巡って来る」というのは、あなたが生まれ変わって、その子孫になるからなのだ。

エリザベス・キューブラー・ロスの診察を行ったことがあったが、彼女の母親はとても愛情深い人だった。その人が亡くなる四年前から身体が動かず、それほど愛に満ちた人の最後にふさわしくないもの、つまり、なぜこのような目に合わなければならないのか、と問うたことがあったが、彼女は、愛を与えるだけでなく、愛を受け取る体験をする必要があった。バランスをとる必要があったのだ。

私たちは毎日、自分を新しく作り変えている。今のあなたは10年前のあなたでもないし、10か月前のあなたでもなく、10分前のあなたでもない。目の前の相手もそうである。今、この瞬間のその人を見てください。あなたと彼ら、あなたとあなた自身の関係も常に変化している。過去のその人ではない。過去を赦してください。

新しいポジティブな見方で見ることができたら、イメージも関係も理解と愛情に満ちたものになりませんか。

心が過去や未来にとらわれていると、どんなにおいしいコーヒーも逃してしまいます。誰かが飲んだのではなく、自分が味わうことなく飲んだだけです。

人生の甘露を味わうためには、今を生きなければなりません。立ち止まって花の匂いを嗅ぐことをしなければ、すべて手元から落ちていってしまいます。

成功とは物とかお金ではなくて、感じる喜びではかるものです。」

 

ワークショップの後、ネガティブな出来事は何を教えていたかわかりました。私のハートは「もっともっと愛せるはずだよ」と教えていたのです。もっと大きな愛で人も出来事も包み込むことができる。それを実際にどんな場面でもできる人になるように、起こっていたのです。いつもそこに神様がいて、私がどこまでできるか、見ているようです。それは懲らしめたいからではなくて、期待していてくれるからです。「もっと愛せるよ。」というメッセージです。

その先に何があるか見るためには、今ここを全力で生き抜くだけです。私は、その先に何があるか見てみたいから、今日も全力で、今ここを生きようと思っています。

 

 

生きることは愛を深めていく道

「私が今までに見たものが愛の証であるなら、まだ目にしていないものもきっと愛に違いない」      ~シルバーバーチの霊訓より~

生きていくということは、この過程を深めていくことだと感じています。苦しいこと、理不尽に思えること、つらいことは、その中にいる時は、逃れたい、早く嵐が通り過ぎてほしい、と願うだけで、意味を考えている余裕もないし、神様に答えを聞いても、教えてもらえることはありません。

その時、自分を支えるものは、自分の信念だけでしょう。自分が本当の自分から乖離(かいり)しているほど、エゴが自分を守るための判断を受け入れてしまいますが、人生の諸問題に真摯に向き合ってくると、自然にエゴが落ちて、傷ついてもいいから、自分に正直に生きよう、という判断を下せるようになります。

前に、「神様のテスト」というタイトルで書いたことがありましたよね。私が一番苦手とする問題が課されていました。「自分さえあきらめれば」「自分が自分を引っ込めれば」うまくいく。だけどそれって、愛だろうか。自分に嘘をつくことは愛だろうか。人を立てる(傷つけない)ために、自分をおろそかにする(傷つける)ことを神様は望んで、このテストを私に受けさせているのだろうか、と自問したものです。

自分の気持ちを通して、自分をさらけだして、神様の本心を知ろうとしました。相手と思っているのは、すべて、私が学ぶための役割を演じているにすぎなくて、その人がしたことを、いいとか悪いとか、ひどい人とか思うことよりも、神様の真実を聞きたかったのです。

気が付くと、課題は修了していました。まるで病巣が自然に治癒していたようです。私がしたことは、一番怖い場面で、自分に嘘をつかなかった、ことだけです。この方法が適切かどうかの自信はありませんでしたが、後悔はしませんでした。

その時の私の対応を神様が喜び、問題解決に繋がっていたことが今はわかります。もし、逃げていたら、何度でも同じような問題が気づくまで起こってきたでしょう。

一つ問題をクリアする度に、愛に目覚めていきます。それは自分で解決し、自分の力で選び取った勝利です。もう二度と誰にも奪われない真実です。

この喜びを胸に、今日も生きていきます。これからもきっと、またいろいろあるでしょう。地上にいる限り、学べることはたくさんあるはずですから。でも何があろうとも、すべては私が愛を深めていくために起きているんだと今は知っているので、ただ安心して、前進していきます。

人生は奇跡に満ちています。あなたにもきっと、何か起こっているでしょうね。あなたが、きっと乗り越えて、思いもしなかった喜びを手にしていくことをうれしく思っています。「ひだまり」が、いつかどこかであなたが、くじけそうになった時、前を向く励ましになればと思っています。

 

 

 

よろこびの歌

春分の日を過ぎて、エネルギーの刷新が行われたのを感じています。前回、「新章開始」と書きましたが、言葉の通り、それまでの古いページは閉じられました。

ずっと知りたかった答えをもらいました。約5年前、目の前にある小窓から空を見て、毎日泣いていました。

「神様、どうしてこんなことが起こっているのでしょう・・・?」

ある日突然やってきた苦しみを受け入れるまで、長い時間がかかりました。どんなに空を見ても、神様は答えを下さいませんでした。

でもその答えを先日、もらいました。

「あなたが自分で体験すればきっとわかる」

そういうことでした。ただやみくもに苦しみが起こっていたわけではなかったのです。ちゃんと意味があったことがわかりました。運命は完璧でした。

あなたにも、今はわからないことがあるかもしれません。でも、自分で体験すればいつかきっと答えを見つけ出す日が未来のどこかにあります。

そういう旅路を歩かせてもらえることは喜びです。一歩、歩くごとに私たちは世界に愛を生み出し、その愛が地球とも宇宙とも呼応しあって、更なるミラクルを起こしていきます。

そのために私は生まれてきたのだと確信しています。

感謝があふれ、愛がこだまし、春の光の中で生命を謳歌している花々のように、私も愛の歌を歌っています。

世界や宇宙は私の拡大版にすぎません。愛を歌うステージが広くなっただけのこと。いつまでも、どこまでも歌い続けます。

あなたにもたくさんの愛をもらいました。ありがとう。出会えたことに心から感謝しています。

 

新章開始

自分を振り返る機会が与えられたので、気付きを得たことを書いてみます。

私はこれを人間として最後の人生にしたい、と考えていました。試練はとても厳しいものだったし、次に生まれ変わった時、このような試練に出会っても、乗り越えられるか自信がなかったからです。社会に生きる中で、本当の自分を見失い、取り戻すために、死ぬか生きるかの闘いをくぐり抜ける場面に出くわすのはとても怖いことでした。今でも、生還できたのは自分の力というよりも、私を支え続けてくれた目に見えない存在のおかげと思っています。

残りの人生は、地球に少しでも多くの愛を残していこう、と考えていました。私を愛してくれている地球への最後のご奉公と思っていました。自分がまたここに帰ってくる、とは考えていませんでした。

どん底にあった時は、わからなかったのですが、目に見える存在として、私を支えてくれた人もいました。今、その人たちとの繋がりは前ほど感じられなくなり、その理由をさがしていたのだと思います。

映画「ロードオブザリング」は大好きで時々、見るのですが、この映画も見る度、気付きがあります。一つの使命のために、旅(闘い)の仲間が集められます。勝算の少ない闘いであり、熾烈を極めます。一人ひとりが自分の役目を果たし、心を一つにして向かっていきます。素晴らしい仲間となるのですが、闘いの只中にある時は、そのようなことを思っている余裕もありません。

そして、勝利します。勝利は旅の仲間の解散を意味しました。心の中で生き続けるとしても、現実の世界では、またそれぞれが自分の世界に帰っていきます。闘いが終わった今、一緒にいることはできないし、いる必要もありません。

私も助けてくれた人たちともっと一緒にいたいと思いました。でも役割を終えた人は去っていきます。感謝して、離れる時がきました。

試練が始まる前に読んでいたシルバーバーチの本の中に書かれていたことが、今では自分のこととしてよくわかります。

シルバーバーチの教えは、「苦の哲学」「愛の哲学」と呼ばれます。苦しみの中で真実に出会うこと、苦しみの中で愛を見つけることが何度も書かれていました。

「魂は苦しみの中でこそ磨かれるのだ。あなたもきっと、その苦しみから抜けた時に気づくだろう。ああ、あの時こそ、自分は本当に鍛えられていたのだ、ということに。」

「何と言っても、人生の悪戦苦闘を、首尾よく切り抜けて、凱歌を挙げた魂が更に更に尊い。いわゆる『艱難、汝を珠にす』で、試練によりて浄化されたる魂が、死後に於いて特別の境涯を与えられ、神の恩寵に浴する。苦労なしに真の向上、真の浄化は到底、望まれない。されば多くの魂は自ら求めて地上に降り、向上進歩を遂げんとするのである。霊的欲求はただ一つ。より以上の進歩、より多くの知識、より多くの愛、その他は何物もない。かくて地上生活の残渣はきれいに洗い浄められ、魂は絶対無限の至高境に向かって、ただ上へ上へとすすんでいくのである。」

この人生はカルマを大浄化する必要があったからこそ、とても厳しいものになったのだと思います。どの人生でも起こることでもなく、乗り越えるだけの力がついた時にはじめて、与えられるチャンスという見方もできます。

今までのカルマを浄化し、この人生を心をこめて愛で生き抜いたとしたら、来世に残す宿題はとても減らせると思いました。自分が地球に愛を残していくのは、みんなのためでもあるけれど、私のためでもあるんだと気づきました。

私はまた生まれてきます。もっと愛にあふれた地球で愛にあふれた人間としての人生を送ります。最初からやり直せるなら、やってみたいことがたくさんあります。それをやれる人生を生きるチャンスがきっと、与えられるような気がします。

そう思ったら、この人生でやりたいこと、やるべきこともわかってきました。新しい目標ができ、新しい心で生きていきます。物語の中で、自分は永遠に生き続けていくのです。