母への愛

寒くなってきました。寒くなって一つうれしいことがあります。それは、おしゃれなコートが着られること。襟にファーがついているものや、厚手のトラッド系のコートが好きなのですが、暖かい冬はほとんど着る機会もありません。だから、私は最近、ちょっとご機嫌です。

他にも幸せなことがありました。母に対して私が本当に思っていたことに気づいたことと、それを母に伝えられたことです。

中学三年生の夏休み前にあった出来事は三者懇談です。先生が体育会系の部活の顧問で、歯に衣着せぬ物言いをする人でした。

勉強はいつも、中間あたりをうろうろし、テスト前しか勉強したこともなく、英語の教師になったのに、中学三年当時、三単現のSもわからないくらい、英語は苦手でした。

そして、先生は「高校行ってからも、いつも中間をうろうろしているくらいなら、その高校へ行ったって仕方ないだろ。もうひとつ下の高校へ行った方がいいんじゃないか」というようなことを言ったと思います。

それでも、いつも適当に生きていた私は、先生の言葉で動じるようなことはありませんでした。本当にショックだったのは、家に帰ってから母に大泣きされたことです。当時、親戚の中にも問題が勃発していて、母は、精神的にも追い詰められていたところへ、仕事が忙しく放っておいた娘が「こんなバカだったとは・・・」と、もう立ち直れないくらいの衝撃だったようです。

そして、私はそれをもろに受けてしまったんです。私は自分のエネルギーフィールドを守ることもできず、外からの襲撃に備えることもできず、深く落ち込みました。何より、母をこんなに泣かせて「私はなんて悪い娘なんだろう」と、一瞬にして罪悪感の塊となりました。

次の日から勉強を始めました。サボっていた分、取り返すのは並大抵のことではなく、頭を机に打ち付けながら、泣きながら問題と格闘しました。もちろん、それだけやれば、成績は十番以内になるくらい上がりました。三単現のSがわかった時の喜びは、太陽が光り輝いたようでした。「勉強ができるって、楽しい!」とも思ったものです。

でも、高校へ行ってから、理数が苦手で、私立にしぼることになるのですが、私は弟が二人いて、父はサラリーマンで、家計のことを考えると、親に申し訳なくて、「死ぬほど勉強するから、私立に行かせてください」と頼みました。

そして死ぬほど勉強しました。睡眠時間は四時間。口の中には常時、口内炎がいくつも出ていました。若かったからできたことです。でもいつの間にか、自分の一番したいことは、「志望大学に行くこと」より、「眠るか死にたい」となっていました。精神的に、少しおかしくなっていたのかもしれません。

こんな状態で夢がかなうわけありません。そして落ちました。やっと地獄から解放されましたが、虚無感はハンパなく、自分の人生の羅針盤などいつの間にか、どこかにやってしまって、大海原を漂流する人生が始まったわけです。

ずっと、自分じゃありませんでした。つい最近までです。二度目のどん底は、私に羅針盤を取り戻させる旅となりました。恵みでした。宇宙の愛です。

母があんなに泣かなかったら、私もあんなに苦しまなかったのに・・・と思っていました。でも気づいたんです。

私はお母さんが大好きだった。だから、ただ、お母さんに喜んでほしくて勉強したんだと。先生にあんなに言われて泣いているお母さんを幸せにしてあげたかった。おかあさんの笑顔が見たかった。そのためだけに勉強したんだとわかりました。

この世界で成功しなくちゃ価値のない人間だと思ったのは、よこしまな気持ちからではなく、そうすればお母さんが喜んでくれる、幸せになってくれる、と子供ながらに思ったから、だったんです。

そして、「ひだまり読んだよ」と母が先日、言ったので、上記の言葉をそのまま伝えました。

「そうだったんだ」と言っていました。私は、長年の胸のつかえがとれました。母に対して怒っていると思っていたけれど、愛していたんだ、と自分の気持ちをちゃんと見てあげられて、気持ちが軽くなりました。

子供って、親が思っているより、ずっと親のことを思っています。幼いから、それを言葉にしたり、態度に現わしたりできないから、大人は気づかないけれど、本当に愛しています。

人類の集合意識の一つとして、固定観念にとらわれた親が子供を育て、その子供たちも苦しむ、という連鎖が最初からずっと続いてきているように思います。

皆さんにも大なり小なり、親との間には確執や癒されていない傷があると思います。その傷が深いほど、封印されていて、簡単には意識に上がってきません。そこを浄化していくことは、人類全体の波動を上げていくことにつながっています。

私は、自分を受け入れ、愛することができて、はじめて、自分の痛みを客観視し、自分で温めてほぐしてあげられるようになりました。

同時に、相手の痛みにも寄り添うことができるようになりました。

だから、自分を愛してあげれば、自分が幸せだと感じることをしていれば、いつか、傷の方が自分から上がってきて、あなたに癒される日が来るのではないか、と思います。

すべては愛であり、愛の反対の姿をしていても、根底は愛なんだと思います。宇宙がいつもこうしてあって、私もあなたも、こうしてあるのは宇宙が愛だからです。あせらなくても、きっと、すべては、うまくいくようになっている、そう、思います。

 

あなたの中で命は輝く

おはようございます。先日ご紹介した気功師の清水義久さんの「世界に守られるお祈り」というネットのページ( yamato.tokyo.jp )を見ていて、「自分を愛することが一番大切」でそれがどんなにパワーのあることか、皆さんにわかってもらえる理由が書いてありましたので、今日は、それを私なりにまとめて書いてみます。

私たちの体は、食べたものによってできています。「感謝していただく」ということは、みんな知っています。でもその生命体が自分の中で生きている、とまでは考えたことはなかったかもしれません。

反対を考えてみてください。自分より優れた長生きの生命体のために、自分の命を投げ出すことができるかどうか。すべての生命体には命が宿っています。私たちがそれを食べる、ということはその生命体が私たちのためにその命を捧げたということです。

お米や野菜だって、本当はもっと自分の命を生きたかったかもしれません。ましてや、牛や豚や鳥は、痛い思いをして命を奪われているはずです。でも、そうやって食べることをしていかなければ、私たちは生きていくことができません。

今まで食べたすべての命が私たちの中で生きているのです。そして私たちが、私たちの命を愛し、感謝し、輝いて生きる時、そのすべての生命体も一緒に輝くのです。

食べなければ生きていけないのなら、少なくとも、彼らに心から感謝し、彼らが私たちのために命を捧げても良かった、と思えるような生き方をしていかなければなりません。

この世界で一人ぼっちの人など誰もいません。私たちは食べながら、たくさんの命と共に生きているのです。自分はだめな人間だと思ったら、今まで自分のために命を差し出してまで、自分を支えてきてくれたすべての生命を無駄にすることになるのです。

あなたがあなたを愛するということは、今まであなたの体の中に入れてきたすべての生命体を愛する、ということなのです。あなたが輝く時、彼らも輝き、あなたが生きる喜びに震える時、彼らも共に生きる喜びに震えるのです。

「生きている」ということがどんなに素晴らしいことか、そして、自分を愛する時、どれほどたくさんの生命体が自分を応援し、自分の中で輝くか、感じてみてください。

そんな素晴らしいあなたに、できることはまだまだいっぱいあります。

12月は慌ただしい中にあっても、今年の総括をし、新しい年を迎える準備の時でもあります。来年は、もっとあなたが光り輝く素晴らしい年にしていってくださいね。

 

 

愛をこめて

初めに、お詫びです。2日ほど前に、スマホから、ひだまり通信にアクセスできない状態になっていて、ご心配をおかけしました。ホームページを作ってくださっている方の迅速な対応で、復旧できました。いつも、皆さん、ありがとうございます。

「この世界で生きていくのは大変なこと」だと思います。私は中学三年生の一学期まで、夢の中で生きていて、夏休み前のある日、この世界で生きることを余儀なくされた出来事がおきました。

まず一回目の、自分の全否定がおきた日です。あれから、どんどん自分を追い込んで、この世界で成功しなければ、自分は何の価値もない人間だと思うようになりました。一生懸命がんばることの素晴らしさも知りましたが、がんばっても、がんばっても、がんばっても、自分が目指すところに手が届かず、志望大学に落ちた時、抜け殻になりました。燃え尽きてしまったんです。

何をやってもうまくいきませんでした。自分の中に空いている大きな穴を埋めるために、必死になって外側に愛を求めていましたが、どこにも見つけられませんでした。

私の手に魔法がもどってきたのは、二度目の自己の全否定を経験し、二度目のどん底を体験し、今の自分の概要ができてからです。

一度、どっぷり三次元に浸かって、それではやっぱりだめなんだという経験が必要でした。子供のころの私に結局はもどったわけで、子供の時の私はやっぱり、宇宙の願い通りの存在であったことがわかりました。

ではなぜ、こんな経験をする必要があったのでしょう。同じところにもどるなら、最初からそこにいたら良かったのに。それは、剣を鍛えることと似ています。何度も火に焼かれ、たたかれるからこそ、剣はより素晴らしい剣になっていくのです。

本物になる必要がありました。そして、それはいつか、誰かのためになるため、でもありました。私は、ひだまりを読んで、お電話くださる方々が、とても繊細で優しくて温かくて、思いやりがあって素晴らしい方々なのに、この現実の世界で苦しんでいる、ことも知りました。何か、少しでも、支えになってさしあげたいと心から思っています。

電話を下さらなくても、きっと、これを読んでくださっている方々は、そういう心の方がほとんどで、つらいことも多いだろうな、と思うんです。

私が一番に皆さんにお伝えしたい贈り物は、いつも書いていることです。

「自分が自分の一番の味方であり、親友でいてあげること」「自分の一番の愛を自分に贈ってあげること」

人に認められなくても、特別なことができなくても、失敗ばっかりしてしまっても、あなたは生きているだけで素晴らしいのです。あなたが生きているのは宇宙があなたを祝福しているからです。あなたの勇気を称え、あなたを心から愛しているから、あなたはここにいるのです。

周りが全部、敵だらけに思う時でも、この世界で一人ぼっちだと思う時でも、あなたには最強の最高のあなたがついていてくれるのです。そして、あなたの本当の力がよみがえるのは、あなたがあなたを心から受け容れ、愛した時なのです。

そばにいて、励ましてさしあげることができたらいいのに、と思います。「私がいるよ」と言ってあげられたら、皆さんの痛みも少しは癒えるのに、と思います。そうできないのは、残念ですが、そこにこそ、宝物があるのです。

「自分」は神様と自分が贈った最高の宝物です。ひだまりを愛していてくれるなら、どうか、私の言うことを信じてください。「ひだまりを書いている人が、こんなに強く言ってくれるんだから、私って、素晴らしいんだ」、と思ってみていただきたいのです。

そう思っても、現実はすぐには変わらず、相変わらず苦しい日は続くと思います。でも、いつか、必ず変わる日が来ます。

私も、何度も何度も打ちのめされて、泣きました。でも、思いもよらない時に、思いもよらない形で変わる日がきたんです。私も自分で経験するまでは、そういう人はラッキーで、私は永久にこの苦しみの中に閉じ込められてしまうんじゃないか、と思った時もありました。

ありきたりですが、「雨が降らなければ、虹はかからない」のです。晴れている日は幸せですが、雨上がり、雲の隙間からさす太陽の光はもっと幸せを思い起こさせてくれます。無駄なことなどありません。あなたが今、苦しんで、もがいて、それでも、精一杯自分のできることをしていることを宇宙は全部知っています。

物理的に何もできなくても、声の限りにあなたを応援してくれています。疲れたら、一人になる時間をとって、できたら、自然の中に入って、木の声を聴いてください。花の笑うのを見てください。

だいじょうぶ。あなたは、そのままでだいじょうぶ。私は、いつも心からあなたを愛しています。

天使とつながる1111

皆さん、お元気ですか?私は風邪をひいておりました。今朝は少し元気になりました。今日は11月11日で、1111の大きなポータルが開く日、とも言われていますし、夜、苦しみながら、いろいろ気付きがありましたので、シェアします。

確か、8月8日のポータルの時も風邪をひいたのですが、今回も風邪の人と全く接触していなかったので、ただ単に、浄化のためだったのかもしれません。今朝、外に出た時、雨上がりで空気がとても澄んでいて、風が心地よく幸せでした。

風邪をひいたおかげで、更に今朝のさわやかさが身に染みたんだと思います。

前、「怖いよう」と言って泣いた、と書きましたよね。あの時、私はある人から侮蔑のまなざしで見られていたんです。理由はたぶん私がいつも誰にでも「にこにこしていること」。彼女にとってはそれは気に入らないことだったのです。

八方美人に見えたのかもしれないし、「ええかっこしい」に思えたのかもしれません。私は自分にまだ自信がなかったんです。自分では正しいことをしているはずなのに、それを気に入らないと思う人もいる、その狭間でもがいていました。

セントジャーメインのチャネリングを公開している人のブログの中にこんな言葉がありました。

「周りの人は、あなたがもっと愛するということを手助けするために存在してくれている」

「愛する」ということ、「自分から愛を溢れ出させていく」ということは私のこの世界での一番の仕事なのだと思います。(実際にはすべての人の仕事ですけどね)  だから、愛について、考えたり、試されたりすることが次々起こっていたのです。でもそれは、私がもっと大きな愛を持てるように、起こっていたのです。

ただエンパス(共感能力が高すぎる)でもあるので、自分のオーラフィールドはしっかり守らなければいけない、相手に呑み込まれて、愛を出せなくなってしまったら、逆効果です。だから、その人と会う前にはオーラソーマで自分のフィールドをきちんと整えてから行くことにしました。

効果は抜群です。今、ターコイズのポマンダーを使っているのですが、本当に大好きな香りで、その香りを胸から、お腹いっぱいに吸い込むと、数時間、その香りがしています。すると、周りに流されることなく、自分のスペースをきちんと保って愛の人でいられます。

自然派の香水を出しているサイトでも、興味深い記事を見つけました。身体を温めるのは精油の香りなんだそうです。中でも柑橘系、特にゆずは身体を温める香りということで、日本人がゆず湯に入っていたのは理にかなっていたわけです。ゆずから何か成分が出ているのかと思ったら、その香りだったというのは、目からウロコでした。

少し前から、清水義久さんという気功家の『あなたは私、私はあなた』(風雲舎)という本を読んでいます。全編、感動!!ですが、今まで読んだ中で細胞の話をご紹介しますね。

「細胞は愛を包み込んで進化する」

「例えば、頭脳としてのDNA、アメーバ状のセル(細胞)、運動機能のある精子型の鞭毛、この三匹がある時、一緒に住もうと合体し、さらなる進化を続け、ATP(酸素を分解してエネルギーを作り出す装置) を合成するミトコンドリアと合体し、細胞が完成される。ところがこのミトコンドリアはまったく別のDNA情報、別のシステムをもっていて、雌雄があり、他の細胞小器官に関係なく増殖を起こす。共生している寄生体だということを意味している。自分のエネルギーをこのよそ者のミトコンドリアに任せている。

最小単位の細胞がこうして共生関係を選んでいるわけだから、生命の基本概念ははじめから「愛」なのだ。競争でもなく、弱肉強食でもなく、愛。細胞は愛と包み込みで一体化することを選んだときに、生命として生成発展する。ぼくたちの本能のどこかに、こういうものが引き継がれているはずだ。ひとつの細胞でさえ、初めから「愛」を知っている。」

 

風邪で苦しくて眠れず、あるCDを聞いていました。それは「AQUA Comfort 八ヶ岳の森・雫の音で奏でる神秘の音楽」というものです。元気な時に聞いてもいいものですが、具合の悪い時に聴いたら、細胞に沁み入るようでした。

神山純一さんが「ポタン・・」「ピチャン・・」という森の泉の雫の音を集めて「ドレミファ・・」の音階にして、音楽にしたものです。この他にもいろいろCDを出されています。

自分に素直に生きていると、素敵なものにいっぱい出会います。具合が悪い時には寝てられるように、先に大きな仕事は済ませていたり、家族の者も私を放っておいてくれる環境になったり、といつも誰かが見守っていて、私を愛していてくれるのを感じます。だから、私もその愛に応えたい、と思うのでしょうね。あなたが今日も小さな幸せを見つけることができるよう、心からお祈りしています。