日常を離れて見えること

旅行の片付けもまだ終わっていないのですが、日常の生活に戻ってきたんだという実感の中にあります。いつものテーブルに座って、いつもの朝と同じようにコーヒーを飲みながら、確実に違っているのは、できるかわからなかったことをやって帰ってきたんだなという喜びです。

この前ここに座っていた時は、チャレンジャーだった私が、全部やって、その暖かい思い出とともにここに座っています。

夢のようでありながら、知り合って言葉を交わした人々の笑顔や、風景や風のにおい、空の色、何もかも宝物として、私の中にあります。帰ってきたばかりなのに、機会があったら、また行こうと思っています。

30年前の旅行は、21日間かけて、西ヨーロッパをほぼ一周してきました。渡航している間に、昭和天皇が崩御されて、帰りの飛行機のセキュリティチェックがとても厳しかったのを覚えています。

一番最初に降り立ったのがロンドンでした。夕闇迫るロンドンの街に近づいていくにつれ、それはさながらピーターパンの世界そのものでした。その時の光景は目に焼き付いて、その瞬間、ロンドンに恋したんだと思います。ヨーロッパのどこの都市に行っても、土地の方々に親切にしていただいて、幸せでした。

帰ってきてから、社会人になって、厳しいこともたくさんあり、その時の喜びも、少しずつ忘れていきました。
いつしか、喜びとは無縁の生活を送るようになっていました。

我慢することが当たり前で、自分の心が本当に満たされて幸せを感じることを忘れて生きてきました。それを思い出しました。魂が喜びに震え、心が幸せだと言っています。

空港で、息子と別れる時、「ありがとう」と言った瞬間、涙があふれてきました。また、すぐ夏休みで帰ってくるのに、不思議ですよね。

一週間以上、ずっと一緒にいて、とても楽しかった。子育ては苦しいことの方が多かったけれど、たくさん教えてもらいました。それだけで感謝していたのに、こんなに素敵な時を一緒に過ごしてくれて、本当に幸せで胸がいっぱいです。

日常を離れた時間と空間の中に身を置くと、新しい発見があります。そういう心の動きが、当たり前のことなど一つもなく、全てが贈り物で、自分がどんなに幸せなのかを思い出させてくれます。

やりたいと思うことの中には、たくさんの贈り物が詰まっています。やる前には想像もしなかったことが詰まっています。だから、諦めないで一つひとつ自分の願いを叶えてあげてください。それは自分自身への心からの愛であり、自分にしかできないことです。

帰ってきたら、庭のバラの花が咲いていました。木々の葉っぱがずいぶん増えて、緑がいっぱいになっていました。ここで待っていてくれた花や木にも、感謝の想いが込み上げてきました。

何もかもが愛です。「私が愛なら、すべては愛になる」
それは真実です。