赤い糸

すっかり秋めいてきましたね。とんぼが目の前を飛んでいきます。収穫の喜びを味わう時です。あんなに暑い夏を乗り切っただけでも、自分をほめてあげてくださいね。今日は愛について思うところを少し書いてみます。

先日あったことです。「自分から愛すると、相手からも愛が返ってくるよ」という話をしていたら「だから、私もこんなにしてあげてる」という言葉が返ってきて、少しショックでした。この言葉から私が感じたのは「ギブ アンド テイク」・・・愛ではありません。愛はただ与えるだけで喜びなんです。

愛している対象には、やはりときめきが必要なんですね。相手から見返りなんて一切必要ないくらい、「私が愛している」という気持ち。

本来、「愛する」ということはそれくらい幸せなことだと思うんです。だから、長年連れ添った夫婦や恋人って、はたから見れば、「仲よさそうに見えても、実は惰性とか馴れ合い」なのかもしれません。

それなら、そこに新しく愛を注ぎ込むのは無理なのかもしれません。愛ってとても新鮮な喜びです。例えて言うなら、花です。

花は今日、一番美しく咲いて、明日にはしおれていくかもしれません。その一日の美しさを見逃すことなくとらえ、心からその美しさを堪能することです。そうすれば、たとえ明日しおれてしまっても、枯れてしまってお別れする日がきても、何の心残りもありません。

私はその花の美しさを十分楽しんだし、その花も私が心から愛してくれたことに満足して散っていくでしょう。

誰かを愛するためにまず一番必要なことってなんだと思いますか?私は自分を100%愛することだと思います。そして100%の自分を生きていることだと思います。

前にこんな言葉を聞いたことがありました。

「お互いに自分に足りないところを相手で埋めようとしている。空っぽのハートと空っぽのハートを差し出しているにすぎない」

だから、恋愛は奪い合いのゲームになり、イニシアチブをどっちが取るか、ということに躍起になります。そして、熱が冷めれば惰性になっていく。

それを何度繰り返しても気付かない。本来、宇宙的観点から見れば、宇宙が決めたたった一人の運命の人とめぐり会うことができて、その人と恋愛することができれば、その愛は永遠であり真実のものなのです。

いわゆる「赤い糸」でつながっている人はすべての人にいるのですが、簡単に、会えません。みんなその人とめぐり会うことを心の底で願いながら、何度も生まれ変わって探しています。人生の主たる目的は、その人と本当の恋愛ができる自分になるために、自分を磨き続けていくこと、と言えるかもしれません。

今世でめぐり会えなくても、来世では会えるかもしれません。その二人のめぐり会いには、宇宙と天界が関わっている、と言われています。準備ができた時に運命が動くのです。私たちのできることは、その準備をしていくことだけなんですよね。

そして、その過程で気付くと思うんです。この生き方こそが宇宙の贈り物だったということに。その人に会いたいから、どんな困難がやってきても乗り越えることができる。私は山のこっち側を登っていて、その人は山の向こう側を登っている。だから、頂上まで行かないと決して会えない。でも、登り続けたら、きっといつか会える。

そう信じて登ることです。それが宇宙が一番味方してくれる生き方であり、最後に最高の喜びが待っている人生です。